たとえばあの天安門事件じたい、われわれの自由主義諸国では民主化闘争として歴史に書きとめられたが、この事件にはまた別の側面があった。だいいち、対外的な不利益を知っていて、なぜ軍隊を出動させなければならなかったのか、という単純な疑問は解けない。
そしてどうして学生の鎮圧だけに、あれほどの軍事行動を展開したのか。どうして両陣営は戦車の射程距離の間合いを見きって、東長安街の端の建国門外と西長安街の端の西単とで対峙するような形になったのか。まさか「学生」に大砲の弾を撃ち込むことが効果的だなどと、そんなことを考えるほど政府は無能だろうか。そしてどうして学生リーダーたち全員は、無傷のまま天安門事件前日に中国を出国し、まるでアメリカとフランスがプロデュースしたかのような形で、実にスマートにそれぞれの国に姿を見せたのか。そして諸外国はどうしてあれほどヒステリックに北京から逃げ出したのか。
素人考えでも不思議なことばかりである。まるで、時を同じくして中国共産党内部にある二つの派閥の闘争と、そのうちの一派閥に陰で援助したアメリカを中心とする同盟国に対し、反対派閥が仕掛けた戦争のようだった。